上栄町駅
大正元年(1912年)8月15日、 京津電気軌道の長等公園下駅として開業され、昭和34年(1959年)3月1日に上栄町駅に改称されました。
大正元年(1912年)8月15日、 京津電気軌道の長等公園下駅として開業され、昭和34年(1959年)3月1日に上栄町駅に改称されました。
明治23年の開削後、琵琶湖疏水における舟運の利用が開始し、旅客・貨物ともに利用され、昭和26年9月に大津から4.5トンの砂が山科まで輸送されたのを最後に、その姿を消すこととなりました。
閘門とは高低差のある水路に舟を通すための水位調整用の門です。当時この大津閘門を境に疏水の水面の高低差は約1.5メートルあり、日本初のレンガ造りの本格的閘門として注目を浴びました。
琵琶湖疏水大津乗下船場のすぐ側にあり、大正11年(1922年)5月7日に開業し、天台寺門宗の総本山で三井寺(正式名称は長等山園城寺)から駅名がつけられました。
京阪京津線の大津側の終着駅で、もとは東海道本線の初代大津駅として開業し、その後東海道本線のルートの変更により、支線の駅となり、駅名も「浜大津」に改称されました。